陶磁郎 40号[2004年10月16日発売]
 第二特集◆やきものの現在 土と釉から見た美濃のやきもの  日本のやきものの歴史に燦然と輝く、いや、世界のやきものの歴史に燦然と輝く、桃山時代の美濃のやきもの。ここに登場する三人は、自ら土や石を探しながら、かつての美濃の陶工たちの技術をかいくぐり、それぞれの角度から、現在におけるやきものの表現とは何であるかを、問おうとしている。
鈴木五郎[すずきごろう]

「全盛期の桃山の黄瀬戸は、基本的には透明釉。ところが、桃山のをよく見ると、灰立ての調合だからね。だから灰釉なんだけど、ふつうの灰釉とは違う。長石は入っていないからね。灰だけ。灰は、温度が上がって焼けていけば、透明釉になっちゃう。ところが油揚手の感じのときは、透明釉にはならない」…………―抜粋―
金井郁男[かないいくお]

「昔のものを写そうと思ったら、なにはともあれ、ええ原料が必要だと思った。それには、自分で探して掘ってくるしかなかった。実際、山歩きをしてみれば、瀬戸・美濃近辺には、やきものの原料がいくらでもある」…………―抜粋―
熊谷忠雄[くまがいただお]

「そのとき私は、茶碗づくりになりたいといったら、唐九郎先生が『オマエは原料屋でええ。そんなにつくりたければ、茶碗がつくれる原料屋になれ。志野が焼ける原料屋になれ。そうなりゃあ、何でもやれるで』ということをいってくれました」…………―抜粋―


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【対談】◎中島誠之助の人めぐり・モノめぐり[第32回] 古いものを使い、伝えること ゲスト=石川さゆり

中島 古い器は、使って楽しむ、飾って楽しめないとダメなんです。二つ欲求を満たしてくれないとね。
石川 棚のなかにしまうのもイヤだから、私は部屋のいろいろなところに置いてあるんですよ。お料理に使い終わったら、またそこにもっていって。もちろん、つくった人たちの思いとか心意気というものを、消してしまうんではなくて、大事に使わせてもらいたい。それは着物もかんざしも、器も同じですよね。
 私のところでストップしてしまうのではなくて、そういう、ずっと続いてきたものが私のところに届いて、いま私が預かって使わせていただいて、どこかでほかに譲っていけたらいいなって。…………―抜粋―

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