陶磁郎 43号[2005年7月16日発売]
特集◆陶芸家誕生
升たか
[ますたか]

これは誤解されるいい方かもしれませんが、イラストレーションというのは、とても経済効率のいい仕事。それに比べたらやきものなんて、こんなに効率の悪い仕事はないわけです。
中野欽二郎
[なかのきんじろう]

つくるなら、「自分で土を掘って、自分で焼く」ということでなければやる意味がないと、そのとき思ったんです。
福本双紅
[ふくもとふく]

「何かしなあかん、どうにか自分だけのことをしなあかん」って必死やったのが、磁土を触り出したことで、つくりたいものに近づけるための、材料や窯と自分との対話みたいなことを始めたことを契機に、何となく身体でわかってきたというか……。
第二特集◆やきものの現在VI 若い信楽
白く吹き出た長石や珪石粒、赤く焦げた肌合いなど、釉の掛からない信楽のやきものは、焼締陶の典型ともいうべきものである。今回、信楽を代表する陶芸家、澤清嗣とともに、六人の若い陶芸家を回った。
渡辺愛子
[わたなべあいこ]

「(高校のとき)初めて薪で焚く窯を見せてもらったんです。その窯で、硬く焼き締められたやきものの肌や色に惹かれて、一瞬にして嵌まってしまいました」
飯山園子
[いいやまそのこ]

「残り少ない薪でどうやって最後、焼き上げるか」苦慮しながら、「古信楽の風化していくような雰囲気」を夢見て、たった独りで窯焚きをしてきた。
古谷和也
[ふるたにかずや]

「自分の土で、自分の窯でやりたいから」と古谷は、父親(古谷道生)が残していった土や窯をいまはあえて使わずにいる。
佐伯健剛
[さえきけんご」

「初めて工房を訪ねたとき、先生(澤 清嗣)はちょうど、蹴ロクロの上で大壺をつくっておられました。そのとき、鳥肌が立つ凄みを感じました」
大前 悟
[おおまえさとる」

「灰がガンガン被ったものがやりたくなって、信楽の土を手に入れて焼いてみたら、ビードロが出たんです。それで面白くなって、本気になって」
篠原 希
[しのはらのぞむ]

「信楽でやる以上、信楽でしかできないやきものを焼かなければ」と、決意も新たに薪で焚く焼締陶をめざして、1年前の平成16年(2004)、伊賀に窖窯を築いた。
陶磁郎 43号 紙面1 陶磁郎 43号 紙面2 陶磁郎 43号 紙面3 陶磁郎 43号 紙面4 陶磁郎 43号 紙面5
創刊10周年特別企画◆『陶磁郎』誌上ギャラリー  大澤恒夫、寺島裕二、各務周海、長岡正己、中野欽二郎、吉野靖義、設楽享良
ホームページからも、ご注文いただけます。
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