■200年後には、土は変わっているかもしれない。にもかかわらずそのとき、備前というのはあるんでしょうか。
伊勢崎――何か備前の歴史というか、つくり手が、スピリットを背負っているかどうかだと思うんですけれど。
大澤――備前の歴史を見ると、時代ごとに形は違っているし、土も焼きも違うんですよね。やきものは時代を反映するといわれるように、桃山の下剋上の時代のものは、甕(かめ)や壺にしても、擂鉢(すりばち)にしても、力が漲っている。幕末になるとどこか弱さを感じたり、そういうことはあります。
いまの時代も、何百年か経って振り返られたとき、「あの時代は誰も彼もがやきもの屋になれて、すぐに『先生』と呼ばれた時代で、だから作(さく)が甘い」といわれるかもしれない。僕はそういわれるような作品をつくりたくないから、下地をしっかりしたい。それが、古陶なんです。
大澤――造形の上手さはもちろん、古備前的な土味を出そうと、土づくりや窯焚きにこだわっている。そのことが、作品にも現れています。
伊勢崎――降灰を積極的に生かす登窯と、灰が降らないように気をつけて焚く塩窯は、素地のつくりかたからすべて正反対のものです。
大澤――どこに置いたらどのような効果が出るのかを計算しつくしている。彼のような窯詰めは、真似しようとしてもなかなかできません。
伊勢崎――スケッチをせずに、つくりながら作品のラインを決めていく作陶方法にも、共感するものがあります。
大澤――家で気がつくといつも手に取るのが、7年前にもらった坂本さんの湯のみ。それだけ、手になじむんです。
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